スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

外国語専門学校2年生に対して「これはMARCHレベルだよ?」と言うことの意味




某外国語専門学校で英語と「日本語」を教えている。

学生の何人かはここまでたどり着いているかも知れないから、あえて書いておこう。

私は最近、特に2年の授業で、

「オイ、これはMARCHレベルの知識だぞ?
言えないって何なんだよ!(#゚Д゚) 」


と、顔文字通りに怒っているが、受講している学生の何割かは、

「え?だってここ専門学校でしょ?MARCHレベルの知識がわかっているなら
とっくにMARCHレベルの大学に行ってますが?」

という顔をしている。


何というか、こういう反応に、その学生たちの、今までの育てられ方や、「ゆとり教育」の弊害をハッキリと見て取ることができる。すなわち、

・今の、この自分が最高。私が知らないことは、復習しているかどうかに関係なく、先生が教えること。それが先生の仕事。

という、ただの無責任さである。


しっかり反論しておこう。授業でも何度も言っていることだが。


少なくとも、「外国語」系の専門学校2年生が、MARCHレベルの大学入試の英語知識もないまま、どの企業が、

「さすが外語系の専門学校生だ。即戦力になるねえ!」

などと感心するか、ということだ。



例えばこのレベルが、外語系の専門学校生の2年なのに、全く答えられない。

・「~にもかかわらず」という意味になる前置詞を二つ言ってごらん?


当てられたある学生、「わかりません」。

それどころか、

学生「なぜ私を当てるんですか?私が先生の気を悪くするようなことを何かしましたか?」

と真顔で答える。


白河「あのー、当てるときに、いちいち当てた理由を言わなければならないんですか?」

学生「いや、今先生に『コレじゃダメですか?』って聞いたことが関係しているのかと思って。」

白河「関係していません。ハッキリ言いますか?あなたの単語テストの成績が一番低いからですよ。

今までの全平均でこのクラス内で最低だよ。」



で、こういうやりとりで、いわゆる「モンスターベアレント」や「モンスタースチューデント」だったなら、

「なぜそこまで『プライバシー』をクラス内でさらすんですか!!」

などと怒るのだろうが、私の反論はこうだ。

「だったらなぜ『なぜ私を当てるんですか?』って最初に聞き返すんですか??この学生が『なぜ私を当てるんですか』と聞いてきたから、正直に理由を言ったまで。」

で、モンスター(以下略)だと、

「それでも言い方があるでしょう!」

と、論理(ロジック)ではなく、「言い方」にケチをつけ出す。

「言い方がおかしいのはその学生の方ですよ。そもそも、『学校』という場所で学生を当てて、なぜその学生に当てたのか、理由を説明しなければならないという慣例的ルールはどこにもないからです。」


ま、この学生はモンスタースチューデントではなかったので、

「今までの全平均でこのクラス内で最低だよ。」

の一言で納得したようで良かったが、今後保護者が出てくるとどうなるかわからないね。



で、私が当てて聞いた、

・「~にもかかわらず」の意味となる前置詞を二つ答えよ。

に対して、その学生、答えられず。trialとして howeverと答えたが、大外れ。それは副詞であって、前置詞ではない。



解答:in spite of O と despite O



こういうやりとりの中で、

・日本語という「自分の脳内のフレームワーク(枠組み)を形成する言語」と、

・当てられたときに、その答えをまず考えよ。外国語の専門学校2年で、この質問に答えられない、という事実を、どれだけ「今度は覚えるぞ!」と次回のリベンジにつなげるかという「脳内優先順位」


この二つがガタガタだと、いくら英語を一生懸命教えても、時間のムダにしかならないということを、改めて知った。


だから、「ここは日本語専門学校なのだ」という前提で外国語としての英語を教えなければならない、と覚悟を決めた。



ちなみに次の日、今度は予備校で、受験生に同じことを聞いた。「絶対に一橋大学をあきらめたくない!」と言っている生徒でも、答えられず。



全てが壊れている。とにかく、全てが、壊れている。


関連記事
スポンサーサイト

テーマ : 外国語学習
ジャンル : 学校・教育

コメントの投稿

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

No title

コメントをいただきました。一部だけ引用します。


>こういった表現は、全ての生徒を否定し、先生を信じている生徒達を裏切る行為になりかねません。


この場合の「信じている」とは、「自分のことを傷つけない」という、表面的な部分のことです。
そういう意味では、私はいくら「信じてもらわなくて」もかまいません。

また、「全ての生徒を否定し」という発想も、一を否定すれば全てを否定するという、子供の発想にすぎません。
当然、論理性のろの字もない発想です。

そういう発想では学力も上がりませんよ、ましてや小論文など書けるわけありませんよね?
という前提でここでの記事を書いております。

「裏切る」だの「信じる」だの、あなたのおっしゃる意味では、どうでもいいことです。
逆に、そういう意味で「裏切らずに、信じられている授業」こそが、
生徒や学生の学力を向上させない、ただその場を繕うだけの授業である、
さらに正確に言うならば、その場を繕う+αの程度の授業しかできないものだ、
ということをあなたはご存じないのでしょう。

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
非公開コメント

プロフィール

・白河夜船

Author:・白河夜船
白河塾の塾長ブログをFC2ブログに引っ越しさせました。wordpressがアップグレードできず、書式をいろいろ変えたりすることが大変だったので。今後はTOEICなどにも役立つネタを書ければいいなあと思っています。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
白河塾カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。