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選ぶ側と選ばれる側

今は、高校生や浪人生対象の「予備校」だけでなく、小中学生対象の「塾」でも、授業や講師に対するアンケートをやっているところが多いみたいですね。さすがに小学生は本人ではなく、保護者が書くようですが。

また、中高でも、私立の場合は、授業アンケートを書くことがそこそこ多いみたいですね。具体的な割合は知りませんが、半数程度かなと見ています。

さらに、大学生になっても、大学側が「教える技術向上のため」と称して、学生に、履修している個々の授業について、満足度をアンケート形式で調査している場合が多いようです。特に、志願者が一定数いないと経営が成り立たない私立大学を中心に。

気がつけば、子どもたちは、小さな頃から大学生になるまで、アンケートを書く側にずっと回っているということになります。これがいわゆる、「オレたちが客だ。むかつく教師は、悪く点をつけることで、とっとと変えてもらえ」という「オレたちはお客様だ意識」につながることは容易に想像できます。

ところが、大学生になって就職先を探そうとすると、たちまち立場が180度逆転し、「企業に選んでもらう側」になるわけです。つまり、昔と比べても、

1 「選ぶ立場」に立つ時期がより長くなり、

2 「選ばれる立場」に立つ頃には、就職先そのものが不景気と、円高&原発再稼働の不透明さゆえの産業空洞化のせいで減っている。すなわち、昔より内定を取ることが厳しい。

という「180度逆転現象」を、よりダイナミックに感じることができるでしょう。



さて、このダイナミックさを、就職をめざす若者たちは笑えますか?ということです。

最近授業でもよく話していますが、生徒、学生たちは、小さな頃からず~っと「選ぶ側」に立ち続けていながら、気がつくといつの間にか

「選ばれる側」

「結果を出さなければならない側」

に立たされていることに気づく、ということが、これからは普通になるでしょう。そこで成功できるのは、生徒、学生という「選ぶ側」にいながらも、いつも頭の中で「自分が選ばれる側にいたらどうしよう」と思い続けることができる、想像力と具体化力に富んだ学生だけでしょう。「まわりがみんなこうだから」という、「とにかく周りの流れにさえ遅れていなければよい」という価値観で生徒、学生時代を生きている人は、結局、就職までもが「他人との比較」という尺度で測ることが当たり前になっていきます。

「自分よりバカなあいつが、東証1部企業に内定を取った!しかしオレは従業員10人の中小企業だ!負けた!!」

とか、

「こんなに有名な大学に苦労して入ったのに、なぜ福利厚生がしっかりしている大企業を30社も受けて、全部落とされるんだ!社会が間違っている!」

などという発想が典型ですね。

私の大学時代の友人にも、こんなことを平気で口走る人がいました。

「この大学に入ったのに、有名な企業に就職できなかったら損だよな~」と。

その時は黙っていましたが、心の中では「なにをこいつはバカなことを言っているんだ」と、心底からあきれたものです。就職先が、自分の社会的ステータスの高さを示す「飾り物」にしかなっていないからです。いわゆるフェティシズムですな。そこには、自分がやりたい仕事をトコトンやる!という、「仕事における自己の充実」という視点は微塵も見えませんでした。



自分が就職してから出せる力、就職してから求められる結果というものは、他人と同じ尺度で比べられるものでは決してありません。営業担当に回れば、数億円の仕事を受注することが「結果」として判断されますし、総務系の仕事に回れば、いくら経費を削減したかもさることながら、さまざまな部署での営利活動がどれだけスムーズに回るよう「縁の下の力持ち」として働けたか、それが「結果」になるわけです。←ビッグコミックの『山口六平太』はそれでも甘すぎるとは思いますが。

だとすれば、大企業から内定をもらったかどうかなんぞは、どうでもいい話で、それ以前に、自分が社会に貢献できるとすればこういう仕事だ!と、幻想でもいいから思い込める力、しかもその幻想の根底には、世の中の「ニーズ」を冷静に受け止め、その「ニーズ」を満たすにはどういう経済活動が有効か、ということを「具体化」する能力が必要不可欠となるでしょう。

しかしながら、昨今の、

・「小学校から大学まで、とにかくアンケート」

・「日教組と左翼思想をもつ教師を中心とした、『競争は学力向上にならない』というドグマ(=根拠に基づかない思い込み)」

この二本柱のせいで、子どもたちが、自分で問題を具体化し、その解決策を、学校で習ったことと、自分で調べたことを基に、小さなことでも具体的な解決策を提示するという作業を行う機会が、私たちの学生時代よりも、はるかに減っているような印象を受けます。



教師が生徒をビンタし、生徒の鼓膜が破れたり、体育の先生でもないのに、竹刀をいつも持ち歩いている先生がいた、某公立中学校出身の私ですが、高校の合格実績は、ハッキリ言ってその地域ではピカイチでした。それは、生徒は「お客様」ではなく、「学校生活で何かを学び取ることを通して、『自力で自分の人生を切り開く力』というものを生徒に持たせよう」という教育方針を、多くの教師が共有していたからだということを、私が卒業してから、その中学の先生(恩師)から聞いたことがあります。月に一度の職員会議もものすごく長い。しかし、そこで決まったことは徹底的に生徒にやらせる。そういう「パワー」を持った先生が多かったのも、その学校にアンケート制度がなかったことと大きく関係しているでしょう。

予備校は激しい競争社会ですから、アンケートがあることは当然のことだと私は思っていますが、せめて中高という学校だけは、私立も含めて、授業アンケートなんぞはやめた方がいいと思います。そのせいで、生徒側からの「逆ギレ現象」は確実に減っていくでしょう。

子どもたちに、「自分たちに何が足りないんだ」と自分たちに問わせることで、将来、自分が「選ばれる側」に立ったときに、何を語り、何をすべきか、何と比べるかというのが、よりわかりやすくなるものだと私は信じています。

だから、私は授業でも厳しく君たちに接するのです。予備校の授業なのに、予習で辞書を引いていないとは何事だ。復習をしていないとは何事だ。英語をなめてんじゃないよオラ!という雰囲気は、このまんまの言葉じゃなくても、私の教え子には十分伝わっているはずです。

そんな、私にとっての「学びとは何か」という問いかけに対する答えは、決して「自ら動くこと」などではなく、

最初は「しつけ」の中で、「これが学ぶことなのだ」というプロトタイプをたたき込み、それを自分なりに応用し、さぐっていく力のことだと思っています。

この時期に、「だりーなー、どの大学もピンとこねーなー」などと思っている受験生がいたら、今大学に行くのは学費をドブに捨てるようなものです。行かない方がいいです。大学は、行きたくなってから行けばいい場所だと思っておきましょう。行きたくない大学に入っても、100万円以上の初年度費用を納めさせられた後、退学するのがオチですから。



話がややそれましたが、他人に文句言っているうちに、自分が文句を言われる側に立たされる時期はすぐに来るよ。それを見越した上で、今の生き方を計画的に設計してほしいものですな。




http://shirakawajuku.com/
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・白河夜船

Author:・白河夜船
白河塾の塾長ブログをFC2ブログに引っ越しさせました。wordpressがアップグレードできず、書式をいろいろ変えたりすることが大変だったので。今後はTOEICなどにも役立つネタを書ければいいなあと思っています。

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