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結局、入試前日になっても何も理解していなかったバカ女3人

私が出講している校舎には「元入り口」がある。

生徒が校舎に入るときには、必ず受付がいる場所を通すために、わざと閉鎖した入り口だ。

そして、その「元入り口」の近くに、3人くらいが座れる円卓一つと、4人が向かい合って座れる四角いテーブルが一つある。

今日(正確には昨日)は寒い。その「元入り口」から、冷たいすきま風がヒューヒューと吹きすさむ。

こんな寒い日に、まだ私大入試を残している、基礎クラスから夏期講習のときから上がってきた女子三人が、少なくとも30分以上もコソコソしゃべりながら、勉強している「フリ」をしていた。

なぜ「フリ」と書いているのか。それは、その三人が勉強しているはずの机の上に、何も勉強した跡が残っていないからである。電子辞書も閉じられている。ただ昨日受けてきた私大の問題を開いている。しかしその科目を丁寧に見直している跡は全くない。

さらに驚いたのは、そのうちの一人の前には、プリントもテキストも、電子辞書さえもなかったことだ。その生徒こそ、明日入試を控えている生徒だった。


私は、冬期直前講習で「孤独に負けるな」とひたすら言い続けてきた。それは、入試のための勉強は、最後は「自分一人」でやらなければならないからだ。リビングで勉強しないと寂しくてたまらない小学生ならまだしも、彼女たちは生物学的には立派な18歳である。


もうここまで書けばわかるだろう。このバカ女3人は、私の冬期直前講習に出席し、ひたすら「私はがんばってますアピール」をしており、「先生が言ったこともわかってます!」オーラも出していたが、

そ れ ら は 全 て、 真 っ 赤 な ウ ソ だ っ た、 ということである。

円卓上に何もなかった生徒も、私からの詰問の連続に、ようやく重い口を開いた(=その前までは、必死に「私は今勉強しています」と言い繕っていた、ということだ)。

曰く、「明日入試だから、もうその大学の別学部を受けた○○ちゃんに、どんな問題が出るかを見せてもらっていた」と。

しかし、その生徒の円卓上には、その「問題」とやらはどこにもない。何のことはない、その「○○ちゃん」がその入試問題を持って、めくっているだけなのである。

入試前日なのに、

1 一人で勉強するのが寂しいから「群れる」

2 冷たいすきま風が吹きすさむ所に少なくとも30分以上も平気でいられる(=自分が今晩カゼを引くリスクなど、全く想像できない)

3 その「明日入試を受ける生徒」が、30分以上も、何も勉強していなかった(=さらに詰問すると、自習室から降りてきたとのこと)


私は言った。

「自分たちの今のその姿が本当に『勉強している』というものなら、今すぐウェブカメラでこの様子を撮って、キミたちのご両親の家へ同時中継していいのか?」と。

生徒は即座に

「いやです」

と否定する。

この発言で、このバカ女3人も認めたのだ。自分たちが30分以上も「勉強」などしていなかった、ということを。


私は、このバカ女3人を、「自分の教え子」という記憶領域から、永遠に消去することを決めた。

今日は高2の授業だったので、高2生にも普通に伝えた。その上でこう言った。

「お前ら、来年の今頃、こんな状態だったら、タダじゃおかねえからな!」


そこで質問。一連のこの私の言動は、今流行の「教師による虐待」「教師によるいじめ」「教師による暴力」なのだろうか?

少なくとも私は、このバカ女3人が全員、全大学に落ちようとも、何とも思わないが。

ゆとりなのもいい加減にしてほしい。

ちなみに、何でも恣意的に「虐待」「いじめ」「言葉の暴力」などとラベリングする行為は、その本質において「ゆとり」と全く同じである。大人が腐っているから、子供も腐るということだ。


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不安で泣きたいならいくらでも泣けばいい

2月1日。2年生の授業のために校舎へ。

いろいろ印刷したかったので、2時間以上前に校舎に到着(他の事情もあるが)。

しかし、結局何も印刷できず。

普段教えていない生徒も含め、入試直前の高3が過去問の英作文を持ってきて添削を求めてきたからだ。

しかし、こういうことに対するペイは一切ない。そのくせ平気でヒトの首を切るのが今の塾、予備校業界だ。

そのことにグチるのは某ヘタレのナルシスト予備校講師に任せるとして(笑)、ここで書きたいのは、英作文添削の後で、「第一志望どこよ?」などと聞くと、泣き出す生徒がいたということだ。

突き放すつもりでも何でもなく、不安で泣きたいならいくらでも泣けばいい。その生徒にもそう伝えた。それで少しでも楽になるなら泣けばいい。ただ、ひとしきり泣いたら、また努力に戻らなければならないと。

特に女子が泣くと、その場をとりあえず収めるために「大丈夫だよ」などと言う究極のバカが講師だけでなく、チューターにも普通にいるのが今の塾、予備校であるが、

本人が不安で、英語の偏差値だけから見て、明らかに第一志望大学への偏差値が20弱足りない生徒に対して、「大丈夫だよ」と、その場を繕うためになだめることの方が、よほど残酷なことだとわからないのだろうか、そういうバカは。だから「究極のバカ」と書いたのだ。

「大丈夫」でも何でもない。むしろ「きわめて可能性は低い」のだ。

「英語だけから見ると、第一志望大学に合格できる可能性は10%。しかし10は『ゼロ』ではない。その10%を20、50、そして70に上げるかどうかは、試験までの自分の行動だけにかかっている。1日6時間以上は寝て、それ以外の時間をどう使うか、自分にどれだけ『自分が受かるんだ!』と自己暗示をかけられるか、そこが勝負だな。」と普通に言う。

生徒は「握手して下さい」と泣きながら言う。それだけ不安なのだろう。

「選挙と同じだな。最後まであきらめないかどうかだ」と笑いながら握手をして、送り出した。


講師としては、第一志望がそこなら、なぜそれを早く言わないのだ、に尽きる。

しかし入試は、他科目も含めた総合点、偏差値総合スコアでの戦いだ。他教科での貯金も含めて、いろいろな奇跡を足していかなければ、本当に10%も可能性はないかもしれない。

しかし、奇跡は努力の先にだけある、ということを、齢だけは重ねた私は経験で知っている。

たとえ第一志望に合格できなかったとしても、あの女子は本命の1週間前に大泣きした。それは決して逃げるための涙ではなかったということを、私は一生覚えておくつもりだ。


毎年、そういう生徒はいる。覚えておかなければならない生徒は毎年増えていく。しかし、覚えておかなければならない生徒は、たとえ何十年経っても、覚えておかなければならない。
プロフィール

・白河夜船

Author:・白河夜船
白河塾の塾長ブログをFC2ブログに引っ越しさせました。wordpressがアップグレードできず、書式をいろいろ変えたりすることが大変だったので。今後はTOEICなどにも役立つネタを書ければいいなあと思っています。

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